大判例

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京都地方裁判所 昭和43年(行ウ)113号の1 判決

原告

滝野龍子

右訴訟代理人

柴田茲行

外九名

被告

下京税務署長

西内勝

被告

大阪国税局長

徳田博美

右被告両名訴訟代理人

井野口有市

右被告両名指定代理人

麻田正勝

外九名

主文

一  被告下京税務署長が原告に対して昭和四〇年七月一二日付でなした原告の昭和三九年分の所得税の総所得金額を金一〇四万円と更正した処分のうち、金九九万五九四三円を超える部分を取消す。

二  原告の被告下京税務署長に対するその余の請求及び被告大阪国税局長に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち、原告と被告下京税務署長との間で生じた部分についてはこれを五分しその四を原告のその余を同被告の負担とし、原告と被告大阪国税局長との間で生じた部分については原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告下京税務署長(以下被告税務署長という。)が原告に対して昭和四〇年七月一二日付でなした、原告の昭和三九年分所得税の総所得金額を金一〇四万円と更正した処分のうち金一八万六〇〇〇円を超える部分を取消す。

2  被告大阪国税局長(以下被告国税局長という。)が昭和四三年四月二五日付で原告に対してなした昭和三九年分所得税の更正処分に対する審査請求についての裁判を取消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二、請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  本件更正処分及び裁決の経過

原告はバー(酒場)を経営するものであるが、昭和三九年分の確定申告期日に被告税務署長に対し同年分の所得税総所得金額を一八万六〇〇〇円と確定申告したところ、同被告は昭和四〇年七月一二日付で一〇四万円に更正する処分を行ない、その頃これを原告に通知した。申告所得金額による算出税額は〇円であり、更正所得金額による算出税額は一三万五五〇〇円である。原告は、これを不服として昭和四〇年八月一二日同被告に対して異議の申立をしたところ、同年九月三〇日同被告は、これを棄却するとの決定をなし、その頃これを原告に通知した。原告は、さらにこれを不服として同年一〇月二九日被告国税局長に対して審査請求をしたところ、同被告は同四三年四月二五日付でこれを棄却するとの裁決をした。

2  本件更正処分の違法事由

しかし、本件更正処分は、以下のとおり、その手続に違法があり、かつ所得を過大に認定したものであるから違法である。

(一) 原告は全国商工団体連合会(以下全商連という。)傘下の京都府商工団体連合会(いわゆる京都府民主商工会、以下京都府民商又は民商という。)、下京料理飲食業組合の会員であるが、被告税務署長は、全商連の組織破壊を目的として、京都府民商の会員である原告の所得調査を行ない本件更正処分をなしたもので、同処分は憲法一四条、一九条、二一条一項、二五条、二九条に反し違法である。

(二) 本件更正処分は違法な調査に基づくもので違法である。

すなわち、被告税務署長は、税務調査をなすに際し、原告に対して事前通知をせず、質問検査権の行使に際し、調査の具体的必要性、理由を開示せず、また、原告の同意を得ずにいわゆる反面調査を行なつた違法がある。

(三) 被告税務署長は、原告に対する本件更正処分の通知書に、その理由を充分に付記しなかつたばかりでなく、更正理由の開示請求にも応じなかつた違法がある。

また、本訴においても、本件更正処分をなした理由につきなんらの主張、立証がないから、内容の当否を論ずるまでもなく、本件更正処分は取消されるべきである。

(四) 原告の総所得金額は一八万六〇〇〇円であつて、本件更正処分のうち右金額を超える部分は原告の所得を過大に認定した違法がある。

3  本件裁決の違法事由

本件審査手続には、以下のとおり違法事由があるから、本件裁決も違法である。

(一) 原告は被告国税局長に対し、行政不服審査法(以下審査法という。)二二条に基づき、原処分庁である被告税務署長の弁明書副本の送付方を請求したところ、被告国税局長は、被告税務署長に対して弁明書の提出を要求していないから右請求に応じられない旨回答してきた。しかし、被告国税局長としては、審査請求が期間徒過による不適法な場合とか、審査請求を全部認容する場合など特別な事由がある場合以外は、被告税務署長に対して弁明書の提出を要求すべきであつて、被告国税局長がこれをしなかつたことは同法条に反し違法である。

(二) 被告国税局長が被告税務署長に対して弁明書の提出を要求しなかつたため、原告は審査法二三条による右弁明書に対する反論書を提出する権利を違法に侵害された。

(三) 原告が、審査手続において審査法三三条二項に基づき被告国税局長に対して本件更正処分の理由となつた事実を証する書類の閲覧を請求したのに対し、同被告が原告に閲覧を許可したものは確定申告書、更正決議書、異議申立書、異議申立決定議書のみで、その各書類の表題だけからも明らかなように、いずれも右更正処分の理由となつた事実を証明するものではなく、審査法三三条に規定する「書類」に該当しないものであることは明白である。本件更正処分の理由となつた事実を証明する書類は、いわゆる所得調査書であつて、原告は同書類を閲覧することなくして有効適切な防禦を行なうことができないから、被告国税局長のなした右閲覧許可は違法な閲覧拒否と同一視されるべきである。

(四) 被告国税局長は、本件審査手続において、実質的審査はなんら行なわれないまま被告税務署長のなした前記の違法な更正処分をそのまま認容したもので、審理不尽の違法がある。

4  よつて、本件更正処分及び本件裁決はいずれも違法であるから、その取消を求める。

二、請求原因に対する被告らの認否〈以下―省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二被告税務署長に対する請求について

1  原告は、被告税務署長が全商連の組織破壊を目的として本件更正処分を行なつた旨主張するので、まず、この点につき検討する。

〈証拠〉を総合すれば、民商は中小業者の営業と生活を守ることを目的(税務行政の民主化要求をも含む。)として設立された民間団体であること、原告は昭和三六年に下京民商に加入し、本件更正処分当時も会員であつたこと、下京税務署の山本事務官が昭和四〇年五月に原告宅を税務調査のため訪れたが、その際原告は在宅していたものの原告の夫だけが山本事務官と応対し、原告方店舗の方へ行つて欲しいと要望されたため同事務官はこの要望を了解して原告方を退出したこと、その翌日、同事務官は原告方店舗を訪れ、民商会員三名の立会の下で原告に対して帳簿の提示を要求し、原告方従事員数を質問し、その後本件更正処分のなされたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。しかし、右認定の事実から右調査及びこれに基づく本件更正処分が民商弾圧を目的としたものと断定することはできない。

また、〈証拠〉によれば、京都府民商の事務局長である川越俊夫は、昭和三八年五月頃、当時の木村国税庁長官が、民商は反税団体で三年間でつぶしてみせる旨述べたと供述し、また、国税当局は特別調査班を編成し、民商会員を中心に事後調査を進めて行くということが行なわれたと供述しているが、前者は、同号証の同供述によれば、右川越が直接聞いたものではなく、同長官がそのように述べたとの記事が載つていた新聞を読んだように思うし、また、民主商工会発行の機関紙に掲載されていたというのであつて、それ自体伝聞に基づくものであり、発言の趣旨も甚だ不明確であつて、直ちに採用できないし、後者についても、特別調査班の調査なるものの性質、実態が明確でなく、右供述をもつて直ちに民商弾圧がなされたということもできない。

さらに、証人阿部公信は、昭和三九年ごろ同人が他の民商会員二名とともに下京税務署を訪れ係長二名と話し合つた際、同係長らは「この一帯(原告方店舗のある船頭町一帯)は徹底的にやつてやる。」と発言し、その翌年の昭和四〇年には民商会員に対して五〇件の更正処分がなされた旨供述するが、右のうち係長らの発言については、弁論ならびに同証言の全趣旨に照らしにわかに措信し難く、その他本件全証拠によつても右発言の存在を認めることはできないし、昭和四〇年になされた右更正処分についても、調査の結果が申告と異なると認められれば更正処分を行なうべきことは当然の職責であるから、仮に当時民商会員に対する更正処分が増加したとしても、民商の組織破壊を目的として会員を差別的に取扱つたものとはいえず、他にそのような事実を認めるに足りる証拠はない。

そのほか、右甲第七号証中には、下京税務署員が民商会員の山下茂に対して民商を脱会するよう勧めたため、同人が脱会したとの供述部分があり、それを裏付けるものとして山下作成の、民主商工会を脱会した旨記載した税務署長宛文書(甲第四九号証)を提出しているが、右文書から直ちに右供述のように断定することはできず、右供述部分はたやすく採用できない。

したがつて、被告税務署長が民主商工会の破壊を目的として原告に対する調査及び本件更正処分を行なつたとの原告の主張は採用できない。

2  次に、原告は、本件更正処分が違法な調査に基づくものであることを理由に、右更正処分の取消を求めるので、右調査の適否につき検討する。

国税通則法二四条、所得税法二三四条一項は、税務職員が更正処分等一定の処分を行なうに際し税務調査としての質問検査をなしうる旨規定しているところ、右質問検査の細目については実定法上なんら規定されていないから、質問検査の範囲、程度、時期、場所等については、質問検査の必要性と相手方の私的利益との比較衡量において社会通念上相当と認められる範囲内である限り税務職員の合理的な選択に委ねられていると解すべきである。したがつて、税務調査の日時、場所を被調査者に対して事前に通知せず、あるいは、納税者の同意なしにその取引先、銀行等に対していわゆる反面調査を実施し、さらに調査の具体的必要性、理由を被調査者に開示しなかつたとしても、それらが社会通念上相当な範囲内において実施された場合には、適法な税務調査であるといわなければならない。

そこで、本件について検討すると、〈証拠〉を総合すれば、下京税務署の山本事務官は昭和四〇年五月に本件所得税の調査のため、事前に通知することなく原告宅を訪れたが、その際原告は在宅していたものの、原告の夫だけが同事務官と応待したこと、原告の夫が同事務官に対して用件を聞いたところ、バーのことで来たと答えたので、原告の夫はバーの税務調査なら原告方店舗へ出向いて欲しいと要望したため、同事務官は翌日の午後二時に原告方店舗へ出向く旨記載したメモを手渡して原告宅を退出したこと、右翌日、同事務官は原告方店舗を訪れたところ、民商会員三名が立会つており、原告を含めた同会員らから、原告が申告済であるのになぜ調査に来たのか、調査するのなら原告の所得のどこが疑問で調査に来たのか明らかにして欲しい、調査結果を原告に通知して欲しいと質問、要望があつたが、同事務官は当局の方針だから質問、要望に応じられないと答えたこと、その応答の後、同事務官は原告に対して従事員、仕入先などを質問し、原告も同事務官に対して店舗付近の環境が良くないとの説明をしており、同事務官の調査は約一時間程度で終了したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、右税務署員が原告宅を訪れた際、応待に出た原告の夫に対してバーのことで来たと述べ、その翌日原告方店舗へ調査に来た右税務署員に対して原告らが、申告済であるのになぜ調査に来たのかと質問していることからみて、右税務署員が原告の昭和三九年分の所得税確定申告の調査の目的で訪れた旨告げたものと解されるから、一応の理由開示はなされており、また、右税務署員が原告宅を訪れた際は原告に対して予め税務調査の日時を通知していなかつたものの、原告宅を退出する際に原告方店舗を税務調査する日時をメモして原告の夫に手渡しており、右メモ通りの日時に原告方店舗を訪れているから、本件における原告に対する直接の税務調査につきその日時を予め通知していたものといわなければならない。

したがつて、本件調査が社会通念上相当な限度を逸脱しているものと認めることはできず、この点に関する原告の右主張は理由がない。

また、原告は、本件更正処分が原告の同意を得ない反面調査に基づいてなされたから違法であると主張するが、本件全証拠によるも下京税務署員が本件更正処分に関して原告の取引先、銀行等に対して反面調査を実施した事実は認められないので、この点に関する原告の右主張も理由がない。

3  原告は、本件更正処分の通知書に理由が付記されておらず、更正理由の開示要求に対して被告税務署長がこれに応じなかつたことをもつて違法であると主張するので、この点につき判断する。

〈証拠〉によれば、原告は昭和三九年分の所得税確定申告につき青色申告書を提出する旨の承認を受けていない、いわゆる白色申告であつたことが認められ、本件更正処分の通知書に処分理由が付記されていないことは当事者間に争いがない。そして、所得税法四五条二項(昭和三九年当事施行のもの、以下同じ。)は青色申告について更正した場合にのみ、その通知書に理由を付記すべきものと規定し、白色申告について更正した場合には所得別の金額を付記するだけで足りるとしている(四四条二項)から、本件更正処分の通知書に理由が付記されていなくてもそれだけで右更正処分が違法となるものではない。

すなわち、右法条の趣旨は、一方、多量の事案を比較的短期間で処理しなければならない更正処分について、すべて処分理由の付記を要求することは課税の能率、徴税事務の円滑等の見地から不適切であることを考慮し、他方、帳簿備付、記帳、確定申告における明細書添付等の義務を負う青色申告者を優遇し、青色申告の普及を促進する点をも考慮した結果、更正処分の際の理由付記を青色申告に限定して要求したものと解するのが相当である。

したがつて、白色申告に対する更正処分に理由を付記しないことはなんら違法ではなく、また、被告税務署長が右更正処分の理由を開示すべき義務もないといわなければならないので、この点についての原告の主張も理由がない。

なお、被告税務署長が本件更正処分の理由について、本訴においてもその主張、立証をしていないことは一件記録上明らかであるが、本件訴訟の対象は課税標準、税額の存否であり、更正処分時のそれに限定されるべきものではないから、内容の当否の判断をなすまでもなく本件更正処分は取消されるべきであるとの原告の主張は採用できない。

もつとも、全く調査や審査もしない、いわゆる見込課税の場合には、課税権の濫用となる余地があるが、本件ではそのような事情を窺わせるに足りる資料はない。

4  さらに、原告は、本件更正処分のうち、総所得金額が申告額を超える部分は、被告税務署長の過大認定であつて違法である旨主張するので、以下この点について判断する。

(一)  推計の必要性について

被告税務署長は、原告の昭和三九年分の総所得金額を推計によつて算出し、これに基づいて本件更正処分の適法性を主張しているところ、およそ所得課税は可能な限り所得の実額によるべきものであるから、所得の推計による課税は、納税者が信頼できる帳簿等を備えておらず、課税庁の調査に対して非協力的な態度をとるなどのため、課税庁において所得の実額を把握できないときに、はじめて許容されるものといわなければならない。

〈証拠〉を総合すれば、下京税務署の山本事務官は昭和四〇年五月に本件所得税の調査のため原告宅を訪れたが、その際応対に出た原告の夫からバーの税務調査なら原告方店舗に出向いて欲しいと要望されたため、その翌日、原告方店舗を訪れ、民商会員三名立会のもとに原告と面会し、原告に対して帳簿書類等の資料の提示を求めたこと、これに対して原告は、当時手帳に仕入や売上をメモしてはいたものの、同事務官が提示を要求したのは正式の帳簿であると解して、記帳していないと答えたこと、さらに、同事務官は原告方店舗の従事員について質問し原告がこれに対して返答したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、右税務署員は原告の申告額を根拠づける帳簿書類等の資料の提示を求めたのに対し、原告は正式の帳簿の提示を要求しているものと独自に解釈して記帳していない旨返答したのであるから、原告の右行為を全体的に見れば原告は自己の申告額を根拠づけるに足る資料を所持していたにもかかわらずこれを提示しなかつたものであり、しかも、右提示拒否が原告の独断的な見解に基づくものであるから提示拒否には正当な理由がないというべきである。

そうすると、原告の所得金額を認定するための有力な資料である売上、仕入をメモした手帳が正当な理由なく提示を拒否され、他に所得の実額を把握するに足りる資料の存しない本件において、被告税務署長が推計により原告の昭和三九年分の総所得金額を算定したことは適法であるといわなければならない。

(二)  同業者調査票に基づく推計(主位的主張)について

(1) 推計の合理性について

被告税務署長は、同業者調査票等によつて原告の収入金額、一般経費、人件費を推計した結果に基づいて原告の昭和三九年分の所得金額を算定した旨主張するが、推計課税が適法であるためには採用した推計方法自体に合理性があり、推計の基礎とした事実の選択が事案にとつて適切であること、すなわち推計の合理性を必要とする。そこで、右推計につき合理性があるかどうかを検討する。

(イ) 収入金額、一般経費の推計について

〈証拠〉を総合すれば、被告国税局長は、大阪国税局管内の全税務署のうち別表一のA級税務署(大阪市内署、京都市内署、神戸市内署及びそれ以外の一定規模以上の大きな税務署をいう。)に対し「所得税同業者調査票の提出について」と題する昭和四四年一月七日付通達を発したこと、A級税務署の管内に属する納税者数は大阪国税局管内の納税者数の約八〇パーセントに達すること、A級税務署は右通達に基づき、自署の管内でバーを経営する者のうち、昭和三九年分において、青色申告者については帳簿の実地調査を、白色申告者については収支実額調査をそれぞれ実施したもの(したがつて、推計は含まれない。)の内から、バー営業を継続していないもの、バー以外の業種と兼業していて計算上その兼業との区分が不可能であるもの、調査票作成時において不服申立及び訴訟係属中のものをいずれも除外したうえ、同業者調査票という形式に整理して被告国税局長に報告したこと、右同業者調査票を基礎として整理すれば別表二のとおりとなること(但し、整理番号三の同業者の従事員一人あたり収入金額は九三万九〇〇〇円、整理番号八の同業者の所得率は55.61パーセント、整理番号一一の同業者の所得率は58.98パーセント、整理番号一二の同業者の所得率は64.78パーセント、整理番号一三の同業者の所得率は56.84パーセント、整理番号一五の同業者の収入金額は一八〇八万一〇〇〇円、従事員数は13.5人、従事員一人あたり収入金額は一三三万九〇〇〇円、整理番号二四の同業者の所得率は64.10パーセント、整理番号二五の同業者の所得率は61.27パーセントがそれぞれ正しい。以下別表二の各数値は右訂正したものとして取扱う。)、当時、原告方店舗で客の接待をしていたのは原告本人、バーテン一人(当時二七才)、ホステス二人(当時三一才と二五才位)の合計四人であつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、別表二記載の同業者は大阪国税局管内の大多数の納税者の属するA級税務署管内の納税者という多数の資料の中から客観的な基準によつて選択されたものであるから、その選択にあたつて恣意の介在する余地はなく、その数値に関しても、あくまで実額を基礎として実地に調査したうえ、年度途中の廃業などの不確定要素を除去したものであるから、一般性を有し、かつ正確であるといえる。それゆえ、別表二記載の数値は同業者従事員一人あたり収入金額、平均的所得率を考慮する際には参考に値するものであるといわなければならない。

しかし、別表二の同業者二七例の各数値を詳細に検討すると、収入金額は最高が三三八二万五〇〇〇円、最低が四三八万四〇〇〇円で両者の間に約7.7倍の差異があり、従事員数は最高が三一人、最低が五人であり、従事員一人あたり収入金額は最高が一七二万一〇〇〇円、最低が六四万三〇〇〇円で両者の間に約2.6倍の差異があり、所得率は最高が70.35パーセント、最低が55.24パーセントであることからみて、右各数値の統一性に欠けるというべきである。また、原告方店舗はバー業者の中でも接客従事員が四人程度の小規模であるのに対し、別表二の同業者二七例の中には、従事員数が二〇人以上のものが六例、一〇人以上・二〇人未満のものが九例含まれていることからして、これら同業者は同じくバー業者でありながら、営業の規模、形態において原告とは異質のものが外数存在している可能性が極めて高いと解される。したがつて、別表二の同業者二七例を単純に算術平均した数値を原告にあてはめることは不合理であるといわなければならない。

被告税務署長は、同業者調査票に基づく推計の中の予備的主張として、別表二の同業者二七例のうちから従事員一〇人以下のもの及び六人以下のものを摘出し、これに基づいて算出した従事員一人あたり収入金額、平均的所得率によつて原告の所得を推計した旨主張する。しかし、別表二の同業者のうち従事員一〇人以下のもの一六例について前述と同様にその各数値を詳細に検討すると、収入金額は最高が一五四九万二〇〇〇円、最低が四三八万四〇〇〇円で両者の間に約3.5倍の差異があり、従事員一人あたりの収入金額は最高が一七二万一〇〇〇円、最低が六四万三〇〇〇円で両者の間に約2.6倍の差異があり、所得率は最高が69.85パーセント、最低が55.86パーセントであることからみて、右同業者一六例の各数値は同業者二七例のそれよりも若干振幅が少ないものの、やはり統一性に欠けるといわなければならず、営業形態においても原告とは異質の同業者が多数含まれている可能性が高いと解されるから、従事員一〇人以下の同業者一六例を単純に算術平均した数値を原告にあてはめることも同じく不合理であると解される。

これに対して、別表二の同業者のうち従事員六人以下のもの六例について、その各数値を詳細に検討すると、収入金額は最高が六〇三万五〇〇〇円、最低が四三八万四〇〇〇円で両者の間に約1.3倍の差異があるのみであり、従事員一人あたり収入金額も最高が一一九万二〇〇〇円、最低が七三万円で両者の差異は約1.6倍程度であり、所得率においては最高が69.85パーセント、最低が58.57パーセントであることから判断すると、右各数値は、前記の同業者二七例、一六例の場合の各数値と比較して振幅が少なく、また、従事員の最高が六人、最低が五人であるから原告の従事員数とも類似している。したがつて、右六例の同業者はいずれも営業規模、形態において統一性があり、原告のそれとも類似していることがうかがわれるので、原告のような小規模バー業者の従事員一人あたり収入金額、所得率を算定する際の基準とすべき同業者として取扱うことに合理性があるといわなければならない。

次に、原告方店舗の立地条件等の個別事情につき検討するに、〈証拠〉を総合すれば、原告方店舗は木屋町通りを四条から約一〇〇メートル南へ下つたところにあり、昭和三九年当時は木屋町筋のバー街の南端付近に位置していたこと、一般に木屋町筋にあるバー等の飲食店については、四条から北側のほうが南側よりも高級であり、値段も高いとされていたこと、昭和三九年当時も原告方店舗付近はバー等の飲食店街を形成していたこと、当時、木屋町筋一帯では深夜に暴力事犯等の犯罪が増加する傾向にあり、原告方店舗付近の路上においても、午後九時ごろになると酔客を売春に勧誘する男女数名(いわゆるポン引き)が出没していたこと、原告方店舗から数軒離れた場所にあるバー「散歩道」は客の入りが良好であつたこと、当時、原告方店舗で客の接待に従事していたのは原告本人、バーテン一人(当時二七才)、ホステス二人(当時三一才と二五才位)の合計四人であつたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告方店舗は木屋町通りを四条から南へ下つた地域の一角にあるものの四条からは徒歩で約二分程度しか離れておらず、昭和三九年当時も原告方店舗付近はバー等の飲食店街を形成していたのであるから、地理的条件において劣悪であるとみることはできないし、原告本人尋問の結果中には、原告方店舗付近にはいわゆるポン引きがうろつき客が恐がつて原告方店舗に近寄らなかつた旨の供述があるが、原告方店舗から数軒離れたところにあるバー「散歩道」は客の入りが良好であり、深夜における暴力事犯が増加したというのも広く木屋町筋一帯のことであるから、原告方店舗付近の環境が特に悪化し客が恐がつて近寄らない状態であつたとは到底考えられない。さらに、原告方店舗における接客従事員につき特に劣悪な事情が存在することもうかがえない。したがつて、原告は小規模経営ではあるものの、小規模なりの通常の経営状態を維持していたものと解されるから、原告の従事員一人あたり収入金額、所得率において原告と同規模程度の同業者の平均値以下であつたとみることはできないというべきである。

ところで、原告は、別表二の同業者の大部分が大阪、兵庫など原告方店舗とは別個の地域にある以上、立地条件等が異なり、売上に影響を及ぼすので、右推計方法には合理性がないと主張し、さらに、バー経営は本来不安定なものであり、またホステスのサービス、店内の設備等を主力商品とするため各店によつて値段に格差があることなどから売上が大きく左右され易い面もあるので、このようなバー経営の特殊性にかんがみれば、同業者従事員一人あたり収入金額、平均的経費率によつて原告の所得金額を算出する推計方法には合理性がないと主張する。しかし、同業者の所在地が異なることによつて直ちに立地条件が異なるというものでもないし、同業者の類似性は立地条件のみによつて左右されるものではなく、従事員数、営業規模、営業形態等を総合して判断すべきものであるから、別表二の同業者の大部分が原告とは別個の地域にあることを理由に推計の合理性がないとする原告の主張は理由がない。また、他種事業と比較すれば、バー経営の不安定性、特殊性がある程度特徴的に認められるかもしれないが、バー経営の不安定性、特殊性はバー営業全体からみれば共通の特性といえるものであるから、この特性によつて従事員一人あたり収入金額、所得率についても他種事業とは異なつた独自の傾向を示すことがあるとしても、そのことは同業者の従事員一人あたり収入金額、所得率をもつてバー営業における所得の推計資料とすることの妨げとなるものではなく、推計の基礎とすべき資料に統一性と類似性が認められる限り推計の合理性は失われないものと言うべきところ、大阪国税局管内の同業者の中から客観的基準に適合するものを全て挙示した(別の面からみれば大阪国税局管内の同業者の中から無作為的に抽出した)別紙二の同業者のうち原告と営業規模が同程度と解しうる従事員六人以下の同業者については、収入金額、従事員一人あたり収入金額、所得率についてほぼ一致した傾向を認めることができるのであるから、別表二の従事員六人以下の同業者を基礎として原告の所得を算出する推計方法には合理性がある。

さらに、原告は人件費に関しては下京税務署管内の同業者に限定して従事員一人あたり平均額を採用しているにもかかわらず、従事員一人あたり収入金額、平均的経費率に関しては下京税務署管内以外の同業者を基礎として算出しており、右推計方法は矛盾し不合理であると主張する。しかし、所得金額を推計により算出する過程において、収入、一般経費、特別経費等の各項目を別個の基礎、推計方法によつて算出する場合、その各項目ごとに推計の合理性があるか否かを判断すればよいのであつて、各項目全体についてその基礎、推計方法が統一されていなければ推計の合理性がないとするのはなんら理由がないというべきであり、この点は同業者率を適用して推計する場合の同業者の範囲についても同様であるといわなければならない。したがつて、同業者の範囲が一致しなければ推計方法につき合理性がないとする原告の主張は理由がない。

また、原告は、同業者の住所、氏名を明らかにしない推計方法は相手方の反証を封じ、訴訟における武器平等の原則に反するので合理性を有しない旨主張する。しかし、所得税法二四三条は、所得税に関する調査に関する事務に従事し、又は従事していた者が、その事務に関して知ることのできた秘密を漏らした場合には刑罰に処する旨規定しており、個別に同業者の同意を得ることなく同業者の収入金額、経費等と共に、その住所、氏名を公表することはできないのであるから、他に秘密を保持しつつ同業者の従事員一人あたり収入金額や所得率等を立証すべき適切な資料も見当らないので、同業者の住所、氏名を明らかにしない資料に依拠することもやむをえないところである。また、同業者の氏名等を明らかにしないでする推計は、原告と同業者との間の立地条件の優劣、営業実績の差異等につき反証を挙げることを困難にする点は否定しえないところであるけれども、原告において別の推計方法を主張し、あるいは原告の方に存在するとみられる帳簿等を提示して容易に反証をなしうる途もあるから、同業者の住所、氏名を明らかにしないとの一事によつて右のような推計を不合理なものということはできない。

以上によれば、原告の収入金額、一般経費を別表二の従事員六人以下の同業者の平均値によつて算出した推計方法には合理性があるといわなければならない。

(ロ) 人件費の推計について

〈証拠〉を総合すれば、昭和三九年当時下京税務署員としてキヤバレーやナイトクラブなどの高級酒場の所得税の調査を担当した者が、当時木屋町筋を四条から南へ下つたところにあつたクラブのホステスに質問した際、同ホステスが日給一五〇〇円であると答えたこと、ホステスの月平均の出勤日数は二四日前後であること、下京税務署管内のバーに勤務するホステスの給与は昭和四〇年当時年額一九万円から四七万円程度、昭和四一年当時年額三一万円から五二万円程度であつたこと、右の下京税務署管内のバーのうち、従事員数において原告と類似する小規模業者においてはホステスの給与も一般に低額の部類に属することが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実及び昭和三九年当時以降同四二年にかけて一般に給与額が上昇したとの公知の事実によれば、原告方店舗のホステスの給与は年額四二万円を超えることはなかつたものと解される。それゆえ、ホステスの給与が年額四二万円であることを前提とした本件推計には合理性があるといわなければならない。

(2) 収入金額について

被告税務署長は、同業者調査票に基づいて算出した同業者従事員一人あたり収入金額に原告方従事員数を乗じて収入金額を算定した旨主張するので、この点につき検討する。

(イ) 同業者従事員一人あたり収入金額

同業者調査票に基づく推計の合理性に関する前述の判断によれば、別表二のうち従事員六人以下の同業者の各数値を基礎として原告の収入金額、一般経費を推計することは合理性があると解される。そこで、別表二のうち従事員六人以下の同業者の従事員一人あたり収入金額を算出すれば九六万七〇〇〇円となる。

(ロ) 原告の従事員数

被告税務署長は原告の従事員数を五人と主張するので、この点につき検討する。

〈証拠〉を総合すれば、昭和三九年当時の原告方店舗では、原告、バーテン一人(矢島孝一、当時二七才)、ホステス二人(店名幸子、当時三一才、店名和子、当時二五才位)の計四人が客の接待に従事していたこと、原告宅には昭和三六年から原告の姪(寺田よし子、昭和三九年当時二五才)が同居していたが、同人は洋裁学校へ通つて洋裁を習うなどの花嫁修業をするかたわら、一週間に三、四日の割合で午後五時すぎ頃(開店時間は午後六時)に原告方店舗に行き、掃除をしたり、日本酒、ビールや氷が配達されて来るのを受取るなどの開店準備に一時間程度従事していたこと、原告の姪が客の接待をしたことはなく、また、同人が店の掃除等に行かない日はバーテンが行なつていたことが認められ、証人阿部公信の証言のうち右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告の姪はホステスとして客の接待に携わることはなかつたものの、営業日数の半分以上について店の掃除や配達されてくる酒、氷を受取ることなどの開店準備を担当していたものであり、これらは店の清潔保持、原材料の仕入というバー営業の売上にとつて必要不可欠な事項であるといわなければならず、このことは、原倍の姪が店の掃除等に来ない日はバーテンがこれを担当していたことからみても明らかである。それゆえ、原告の収入金額を推計するに際して従事員一人あたり収入金額に乗ずべき原告方従事員数は、原告、バーテン一人、ホステス二人の他に原告の姪を0.2人と評価してこれに加算し、合計4.2人と見るのが相当である。この点につき原告は、原告の姪を従事員数に加算することは不当であると主張するが、以上に述べたところによれば原告の右主張に理由がないことは明らかである。

なお、証人阿部公信の証言、原告本人尋問の結果中には、原告が店に出る時刻は大体午後七時から八時頃であり、営業主は時間的に十分働けないから、原告方店舗の従事員数を考慮するにあたり原告を一人と評価すべきではないとの供述部分があるが、バーに顧客が来るのは社会通念上午後七時から八時以降が多いと解されるし、原告が遅く店に出るのは何らかの障害があるからではなく、マダムとしての体面から任意になされているものであることが証人阿部公信の証言から窺われるのみならず、原告は接客のみを仕事とする通常のホステスとは異なり、経営者としての仕事があり、この面から売上向上に尽力しているということもできるから、開店時刻から一、二時間程度遅く店に出るとしても、本件において原告方店舗の従事員数を考えるにあたり、原告を一人と評価することは何ら不合理ではない。

さらに、〈証拠〉によれば、警察署に備え付けてある風俗営業許可台帳には原告の従事員数が男一人、女四人の合計五人と記載されていること、昭和四〇年五月に下京税務署の担当官が本件所得の調査のため原告方店舗を訪れ原告の従事員数を質問した際、姪の点について原告は店の掃除などを手伝つてもらつていると答えただけでそれ以上に詳しいことは言わなかつたこと、昭和四一年二月ごろ大阪国税局の協議官が原告宅を訪れ、原告の従事員数を質問したところ、原告は男のバーテン一人、女子店員二人、姪、原告本人の合計五人であると答えたことが認められるけれども、風俗営業許可台帳はもつぱら取締の見地から作成されたものであり、税務署員、協議官の質問に対する原告の答えは原告が推計課税を念頭に置いて答えたものではないために、姪の従事状況の点で説明不足の面があるといわなければならないから、原告の従事員数を4.2人とする前記判断を左右することはできず、この点につき五人であるとする被告税務署長の主張も理由がない。

以上によれば、原告の収入金額は以下のとおり四〇六万一四〇〇円となる。

967,000円×4.2人=4,061,400円

(3) 一般経費について

別表二の従事員六人以下の同業者の平均的経費率は63.10パーセントとなることが認められるから、平均的経費率は36.90パーセントとなる。そして、右に認定した収入金額に平均的経費率を乗ずれば原告の一般経費は次のとおり一四九万八六五七円となる。

4,061,400円×36.90%=1,498,657円

(4) 特別経費について

(イ) 人件費

前述の人件費に関する推計の合理性につき判断したところによれば、下京税務署管内のバーに勤務するホステス一人あたり年間平均給与額は昭和三九年当時において四二万円であることが認められる。

ところで、被告税務署長は、右に認定したホステス一人あたり年間平均給与額に原告の雇人であるバーテン一人、ホステス二人、原告の姪の合計四人を乗じて原告の人件費を算定した旨主張する。しかし、右に認定した一人あたり年間給与額はあくまでホステスに関するものであるから、バーテンと原告の姪の給与額については別個の考慮を必要とする。

まず、バーテンについて検討すると、一般にバー営業におけるバーテンは、カウンター内で客の注文に応じて酒類、つまみ等を調理、提供し、使用済のコツプ、皿等を洗うなどの仕事に従事するほか、原告本人尋問によれば営業時間内における店の掃除は全部バーテンが行なつていたことが認められるから、バーテンはバーの売上に直接関連を持つ酒類、つまみ等を調理して客に提供したり、営業中の店内の清掃に気を配るなど原告の営業にとつて必要不可欠なものであり、その重要性はホステスに優るとも劣らないものであるといわなければならない。このようなバーテンの任務の重要性にかんがみれば、その給与面においても少なくともホステスと同程度であつたと考えるのが妥当であり、本件の人件費を算定するについてバーテンとホステスとを同価値とみることは妥当であるというべきである。

つぎに、原告の姪について検討する。原告本人尋問の結果によれば、原告の姪は原告宅に同居し食事も原告の家族と一緒にするなど家族同様の扱いを受けていたこと、姪は洋裁を習うなどの花嫁修業をするかたわら、一週間に三、四日の割合で一日一時間程度、開店時刻前の原告方店舗の清掃などの開店準備に従事していたこと、原告は姪に対して月々定まつた額の給料を支払つていたのではなく、洋服生地を買うなどの出費の都度に店の手伝いに対する対価として金銭を渡していたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告の姪は店の手伝いに対する対価としてホステスの給与の二割程度の金銭を受取つていたと解するのが相当である。

以上によれば、原告の人件費は次のとおり一三四万四〇〇〇円となる。

420,000円×3.2人=1,344,000円

(ロ) 家賃

原告方店舗の家賃が一八万円であることは当事者間に争いがない。

(ハ) 遊興飲食税

原告の遊興飲食税が四万二八〇〇円であることは当事者間に争いがない。

以上によれば、原告の特別経費は次のとおり一五六万六八〇〇円となる。

1,344,000円+180,000円+42,800円=1,566,800円

(5) 所得金額について

以上により算出した収入金額から一般経費、特別経費を差引けば原告の所得金額は次のとおり九九万五九四三円となる。

4,061,400円−1,498,657円−1,566,800円=995,943円

(6) 同業者調査票に基づく推計と原告の申告額の適否について

原告は、被告税務署長の主張する同業者調査票に基づく推計の計算式を前提として、これに原告の申告額をあてはめて従事員一人あたり収入金額を逆算し、あるいは、別表二の同業者のうち特定の者を抽出し、その数値に基づいて原告の所得金額を推計し、さらには、原告の従事員数を四人として原告の所得金額を推計するなどして原告の申告額の正当性を主張、立証しようとしている。しかし、原告の申告額を前提として逆算された従事員一人あたり収入金額は、別表二の同業者のうちでも最も低額の部類に属し、また、別表二の同業者の中から抽出された同業者の従事員一人あたり収入金額についても、別表二の同業者のうちで最も低額の部類に属するものであるのみならず、原告の従事員数は前述のとおり四名とみることはできないから、原告の主張する推計方法は、いずれも明確な根拠なくして自己に極めて有利な数値を適用したうえなされたものであり、原告の右主張をもつて申告額の正当性を根拠づけることはできない。

(三)  バー「散歩道」に基づく推計(予備的主張)の合理性について

被告税務署長は、原告と同業者であるバー「散歩道」の従事員一人あたり収入金額に原告の従事員数を乗じて原告の収入金額を推計したうえ、右収入金額に右同業者の一般経費率及び右同業者と同額の雇人費を適用して原告の総所得金額を算出した旨主張する。

〈証拠〉を総合すれば、原告方店舗と同業者「散歩道」とは狭い道路をはさんで数軒おいた向い側に位置し、場所的に極めて近接していること、原告方店舗の広さは五坪(9.09平方メートル)弱であり、「散歩道」の店の広さも同程度であること、原告方店舗の内部のいすの数はカウンター六脚、ボツクス席二組(合計八人座れる)であつたが、「散歩道」のいすの数はボツクス席が一組のほかにコーナーになつたいすが置かれていたこと、従事員数は原告方店舗と同程度であつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告税務署長が選択した同業者「散歩道」は原告方店舗の近隣にあり、店舗面積、従事員数も原告方店舗と類似しているのであるから、同被告は原告と「散歩道」との間における業態の同一性、営業規模の類似性につき一応の考慮を払つたものということができる。

しかし、同業者として選定されたものはわずか一名にすぎず、しかも〈証拠〉によれば、店舗の外装、内装は原告よりも「散歩道」のほうが良質であり、客の入りも「散歩道」のほうが良かつたことが認められ、右認定事実によれば、原告と「散歩道」とは同程度の営業規模でありながら、「散歩道」のほうが水揚げ(収入金額)が多いと推認されるから、同被告の主張、立証する程度では、いまだ合理性を肯定することはできないといわなければならない。被告税務署長としては、従来主張立証して来た右同業者の類似性の他に、売上と密接に関連すると考えられる料理飲食等消費税の金額、ビール一本の販売単価及び一ケ月あたり平均的販売本数等を主張立証することによつて類似性を明らかにすべきであつたと解される。

したがつて、バー「散歩道」に基づく推計については合理性を欠くから、その余の点について判断するまでもなく「散歩道」に関する被告税務署長の主張は理由がない。

(四)  以上によれば、原告の昭和三九年分の所得金額は九九万五九四三円となるから、本件更正処分のうち右金額を越える部分についてはその取消を免れない。

三被告国税局長に対する請求について

1  本件裁決が審査法二二条に違反するとの主張について

原告が被告国税局長に対して弁明書副本の送付方を請求したこと、これに対して同被告が副本を送ることができない旨の回答をしたことは原告と同被告との間において争いがない。

そこで、原告の右主張について判断するに、一般に審査庁が原処分庁から弁明書を提出させれば、審査庁において処分理由や事案の争点を把握し、審理を円滑に進めることができるし、審査請求人においても処分理由に対する反論を準備できるから、その意味において、原告が弁明書副本の送付を請求したことも首肯できないではない。

しかし、現行の行政不服審査制度は国民の権利救済のための制度であるとはいえ、原処分庁に対する一上級行政庁にすぎない審査庁が簡易迅速な権利救済を行なうことを目的としているものであり、しかも、その審理方式も職権主義を基調としたものであるから、審査庁において弁明書以外の資料で処分の理由や事案の争点が明確に把握できる場合にまで、原処分庁に対し弁明書の提出を求めなければならないとする必要はなく、審査手続に関して現行の国税通則法九三条の存しなかつた本件裁決当時において、審査庁が原処分庁に弁明書の提出を求めるか否かは、審査庁の裁量に委ねられているというべきであり、審査法二二条の規定の文言からみても、この点は明らかである。

したがつて、被告国税局長が裁量を逸脱しているとの特別の主張、立証のない本件にあつては、原告の右主張は理由がないといわなければならない。

2  本件裁決が審査法二三条に違反するとの主張について

審査法二三条は、審査請求人が弁明書に対する反論書を提出することができる旨規定しているが、本件において、被告国税局長が被告税務署長に対して弁明書の提出を求めていないことが違法でないことは先に示したとおりであるから、同法条に基づく反論書の提出権を侵害されたとの原告の主張は理由がない。

3  本件裁決が審査法三三条二項に違反するとの主張について

原告が被告国税局長に対し書類の閲覧を請求したこと、同被告が確定申告書、更正決議書、異議申立書、異議申立決定決議書の閲覧を許可したことは当事者間に争いがない。

弁論の全趣旨によれば、被告税務署長の作成した所得調査書が本件更正処分の理由となつた事実を証する書類に該当すること、しかし、右所得調査書は、当時、被告税務署長から被告国税局長に提出されていなかつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、所得調査書は本件更正処分の理由となつた事実を証する書類に該当するが、被告国税局長に対して同書類が提出されていない以上、同書類に関する原告の閲覧請求権は存しないものといわなければならない。

もつとも、弁論の全趣旨によれば、所得調査書は原処分庁に保管され、審査庁の審理担当協議官が処分庁に出向いて直接閲覧する方法がとられているようであり、当該処分の理由となつた事実を証する重要な書類が審査庁に提出されない取扱いには改善の余地があるかと思われるが、このことは右判断を左右するに足りるものではない。

4  本件裁決が審理不尽により違法であるとの主張について

〈証拠〉によれば、大阪国税局の協議官が本件更正処分の審査請求を担当し、昭和四一年二月ごろ大阪国税局京都支部で一回、原告宅で二回の合計三回にわたり原告と面会し、帳簿書類の提示を求めたが、記帳していないと言つてこれに応じなかつたこと、その際、同協議官は原告に対して従事員数、仕入先などを質問したこと、さらに、そのころ同協議官は原告方店舗を訪れたが原告が不在であつたため面会できなかつたものの、同店舗付近の立地条件等を確認したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告国税局長は、原告の審査請求に対して審理を尽くしたうえ本件裁決をしたものというべく、審理不尽の違法があるということはできない。

四結論

よつて、原告の被告税務署長に対する請求は主文一項の限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求については理由がないから棄却することとし、さらに、被告国税局長に対する請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(上田次郎 孕石孟則 安原清蔵)

別表 一、二、三〈省略〉

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